序章:「店舗数×手間」の呪縛を解く
1店舗の経営で成功し、2店舗、5店舗、10店舗と拡大していく。
経営者にとって喜ばしい成長フェーズですが、Web集客(MEO)の現場では、しばしば悲鳴が上がります。
「全店舗の営業時間を変更するだけで3時間かかった」
「新店の情報がGoogleマップに登録されていないことに、オープン3ヶ月後に気づいた」
「店長に任せていたら、口コミに変な返信をして炎上しかけた」
店舗数が増えれば、露出(インプレッション)という資産は増えます。
しかし、管理体制が整っていない場合、それは「管理コストの増大」と「ブランドイメージの崩壊」という負債に変わります。
10店舗の管理にかかる時間を、1店舗の時の「10倍」にしてはいけません。
ツールと仕組みを使いこなし、「1.5倍」程度に抑える。
それが、多店舗展開を成功させるためのMEO戦略の第一歩です。
第1章:まずは「箱」を整える:ビジネスグループの構築
多くのオーナー様が、最初に出した1号店を作った時の「個人のGoogleアカウント(Gmail)」のまま、2店舗目、3店舗目を追加登録しています。
店舗数が少ないうちはそれでも動きますが、組織で管理するには限界があります。
「ビジネスグループ」を作成する
Googleビジネスプロフィールには、フォルダのように複数の店舗をまとめて管理する「ビジネスグループ(旧称:ビジネスロケーション)」という機能があります。
これを使うメリットは以下の通りです。
- 権限の一括付与: 新しい担当者が入った時、10店舗招待するのではなく、「グループへの招待」1回で済みます。
- 一括ダウンロード・アップロード: グループ内の店舗データをまとめてExcelで編集できます。
- 投稿の一括管理: グループ単位での分析や比較が容易になります。
まず、本部の代表アカウントでビジネスグループ(例:「〇〇社_全店舗」)を作成し、そこに既存の店舗を全て移動させてください。
これが全てのスタートラインです。
権限管理:誰に何を触らせるか
「店長に編集権限を渡したら、勝手に店名を変更してしまった」
こうした事故を防ぐために、役割に応じた権限設定が必要です。
- オーナー(本部・社長): 全権限を持つ。ユーザーの追加や削除、ビジネスの削除が可能。
- 管理者(エリアマネージャー・Web担当): 情報の編集や口コミ返信はできるが、ビジネス自体の削除はできない。
- サイト管理者(店長): 投稿や写真追加など、日常的な運用のみ可能。(※現在は権限仕様が統合されつつありますが、運用ルールで縛る必要があります)
おすすめは、「基本情報(住所・店名・営業時間)は本部しか触れないようにし、店長には投稿と口コミ返信だけを許可する」という運用ルールを徹底することです。
第2章:「ブランド統一」の鉄則:NAPとカテゴリ
チェーン店において最も重要なのは「どこの店に行っても、同じクオリティのサービスが受けられる」という安心感です。
それはWeb上の情報でも同じです。
店名(Name)の統一ルール
以下のように、店舗によって表記がバラバラになっていませんか?
- A店:居酒屋 魚丸 新宿本店
- B店:魚丸 渋谷店【個室あり】
- C店:株式会社魚丸 池袋店
これでは、Googleは「これらは同じグループの店舗だ」と認識しづらくなります(サイテーション効果の分散)。
また、キーワードのスパム(【個室あり】など)はアカウント停止リスクもあります。
「魚丸 新宿店」「魚丸 渋谷店」のように、ブランド名+支店名で統一してください。
全角・半角スペースの使い方も全店で揃えるのが鉄則です。
店舗コード(Store Code)の設定
管理画面の「情報の編集」の中に、「店舗コード」という項目があります。
空欄のままにしている店が多いですが、多店舗管理ではここが命綱になります。
ここに自社の管理ID(例:TK_001, TK_002…)を入力しておいてください。
今後、Excelを使ってデータを一括更新する際、Googleはこの「店舗コード」を鍵(Key)として、どの店舗の情報を書き換えるかを判断します。
これが入っていないと、一括管理機能は使えません。
POSレジの店舗IDなどと同じにしておくと、売上データとの照合も楽になります。

第3章:Excelで100店舗を一瞬で更新する「一括編集術」
10店舗以上の管理において、管理画面(ブラウザ)をポチポチクリックして編集するのは、今日で終わりにしましょう。
Googleビジネスプロフィールには、データをCSV形式でダウンロードし、Excelで編集して、再度アップロードする機能があります。
Google指定の「CSVテンプレート」の使い方
手順は以下の通りです。
- ビジネスグループの管理画面で、編集したい店舗すべてにチェックを入れる。
- 「操作」メニューから「ビジネス情報をダウンロード」を選択。
- ダウンロードされたCSV(Excel)を開き、編集したい箇所(例:電話番号、営業時間)を書き換える。
- 「ビジネス情報をインポート」から、編集したファイルをアップロードする。
【注意点】
このExcelファイルは非常にデリケートです。
Googleが指定した「列のタイトル(ヘッダー)」を1文字でも変えたり、列を削除したりすると、アップロード時にエラーになります。
「編集するセル以外は触らない」のが鉄則です。
年末年始の営業時間変更を、全店一括で流し込む
最も威力を発揮するのが、ゴールデンウィークや年末年始の「特別営業時間」の設定です。
全店舗分の日付と時間を1つずつ設定するのは地獄のような作業ですが、Excelならコピペで一瞬です。
Excelの「特別営業時間」の列に、以下の形式で入力してコピーします。
2025-12-31: 10:00-18:00, 2026-01-01: x, 2026-01-02: 10:00-20:00
(※ x は休業の意味)
これを全店舗分に貼り付けてアップロードすれば、完了です。
空いた時間は、戦略を練る時間に使いましょう。
第4章:「投稿」と「写真」の運用ルール
情報は本部が一括管理できますが、「生きた情報(投稿・写真)」は現場にしかありません。
しかし、現場任せにするとクオリティが下がります。
ここで重要なのが、本部(HQ)と店舗の明確な役割分担です。
HQ(本部)の仕事:ブランドの守護者
本部の役割は、ブランドイメージを担保し、全体最適を図ることです。
- プロ写真の配布: プロカメラマンが撮影した「新メニュー」「イメージカット」を共有フォルダに入れ、各店長に使わせる。
- 全社キャンペーン投稿: 「創業祭」や「アプリ会員募集」など、全店共通の告知を一括投稿ツール(または手動コピペ)で行う。
- NGルールの策定: 「手書きPOPの写真はNG」「トイレの写真はNG」など、最低限の品質ガイドラインを作る。
店舗の仕事:リアルタイムの狩人
店舗の役割は、「今」の空気感を伝えることです。
- 空席情報: 「今なら個室空いてます!」という投稿は、現場にしかできません。
- 日替わり・限定: 「本日の店長おすすめ鮮魚」など、その店独自の魅力を発信します。
- スタッフ紹介: 「新人の〇〇です!」といった人間味のある投稿は、ファン化に繋がります。
「綺麗な写真は本部が用意する。熱い言葉は現場が紡ぐ」
このハイブリッド体制が、チェーン店MEOの理想形です。
第5章:多店舗の口コミ管理と「傾向分析」
店舗数が増えると、口コミの数も膨大になります。
これを「対応すべきタスク」として処理するのではなく、「経営改善のビッグデータ」として活用しましょう。
全店舗を「横串」で比較する
各店舗の口コミ評価点(★の数)を毎月集計し、横並びで比較してください。
- A店(新宿):★4.5
- B店(渋谷):★4.2
- C店(池袋):★2.8
C店で何かが起きています。
さらに内容を分析すると、「C店だけ『提供が遅い』『ご飯が冷たい』という口コミが多い」と判明するかもしれません。
これはMEOの問題ではなく、キッチンのオペレーションの問題です。
このように、口コミを横串で見比べることで、「どの店舗に、どんな指導(SV)を入れるべきか」が見えてきます。
MEO担当者は、このデータをエリアマネージャーに提出する義務があります。
返信テンプレートの「カスタマイズ」術
何百件もの口コミに、毎回ゼロから返信を書くのは不可能です。
かといって、全部コピペ(定型文)だと「ロボットみたいで冷たい」と逆効果になります。
そこで「テンプレート + 1行カスタマイズ」を推奨します。
「(定型文)ご来店ありがとうございます。評価をいただき嬉しく思います。
(カスタマイズ)特に『特製ハンバーグ』をお気に召していただいたとのこと、シェフも喜んでおります!
(定型文)またのご来店を心よりお待ちしております。」
この真ん中の1行があるだけで、お客様は「ちゃんと読んでくれている」と感じます。
本部が「ベースの文章」を5パターンほど用意し、現場店長が「1行足す」だけにする。
これで効率と温かみを両立できます。

第6章:APIツール導入の損益分岐点
ここまで、Google純正の機能(ビジネスグループやCSV)を使った管理方法を解説してきましたが、これにも限界があります。
店舗数がさらに増えた場合、有料の「MEO一括管理ツール(SaaS)」の導入を検討すべきタイミングが訪れます。
「20店舗」が自力管理の限界ライン
経験則として、「20店舗」を超えたあたりから、ExcelでのCSV管理にほころびが出始めます。
- ファイル作成のミスで、全店舗の情報がエラーになる事故が増える。
- 口コミの総数が月間数百件を超え、返信漏れが管理できなくなる。
- 投稿作業だけで担当者の工数が月数十時間を超える。
このラインを超えたら、月額数万円〜のコストを払ってでも、API連携した管理ツール(Canly、Yext、Gyro-nなど)を導入した方が、人件費換算で安上がりになります。
ツールで「できること」と「コスト対効果」
有料ツールを導入すると、主に以下のことが可能になります。
- 改ざん防止(ガード機能):
ユーザーによる勝手な情報の書き換え(店名の変更や閉業設定など)を、自動で検知してブロック・修復してくれます。
これが多店舗管理における最大のリスクヘッジになります。 - クロスプラットフォーム配信:
Googleマップだけでなく、Apple Maps、Instagram、Facebookなどの情報を一括で更新できます。
サイテーション(知名度)強化に直結します。 - 高度な分析レポート:
「全店舗の昨対比」や「エリア別の順位推移」など、経営会議にそのまま出せるレベルのレポートを自動生成できます。
「月額費用」と「担当者がExcelと格闘している残業代」を天秤にかけ、コストメリットが出ると判断したら、迷わず導入してください。
ツールは「楽をするため」ではなく、「正確な情報を守るため」の保険です。
終章:スケールメリットを最大化せよ
ここまで、複数店舗のMEO管理術について解説してきました。
多店舗展開は、管理の手間という点では大変ですが、MEOにおいては「圧倒的な武器(スケールメリット)」になります。
1店舗しかない店は、1店舗分のデータしか持てません。
しかし、100店舗あるあなたは、100倍のアクセスデータと、100倍のお客様の声(口コミ)を持っています。
「Aエリアで成功した施策を、Bエリアに横展開する」
「全店舗で一斉に同じキーワードを投稿し、その地域の検索シェアを独占する」
こうした「面で戦う戦略」が取れるのは、チェーン店だけの特権です。
【本記事の結論】
- 箱を整理する:
ビジネスグループを作り、本部と現場の権限を分けることから始めましょう。 - Excelを武器にする:
管理画面での手作業を卒業し、CSVによる一括管理フローを構築しましょう。 - ブランドを守る:
店舗数が増えても「NAP(店名・住所)」と「写真クオリティ」だけは死守してください。それが信頼の証です。
管理業務に忙殺されるのではなく、管理を自動化・効率化し、空いた時間で「次はどのエリアを攻略するか」という未来の戦略を練ってください。
あなたのブランドが、日本中の地図上で輝くピン(店舗)で埋め尽くされることを応援しています。