はじめに:彼らはガイドブックを見ていない。スマホを見ている。
街を歩けば、多くの外国人観光客とすれ違います。
彼らの手元を観察してみてください。分厚いガイドブックを広げている人は、今やほとんどいません。
彼らが見ているのはスマートフォンの画面、それも十中八九「Googleマップ」です。
日本を訪れる外国人旅行者にとって、Googleマップは単なる地図アプリではありません。
言葉の通じない異国で、失敗せずに食事をし、目的地にたどり着くための「命綱」であり、最も信頼できる「コンシェルジュ」なのです。
どんなに素晴らしい商品やサービスを提供していても、Googleマップ上で「彼らの言語」で見つけられなければ、あなたの店は彼らにとって存在しないのと同じです。
「英語は話せないから…」と諦める必要はありません。
デジタルの設定さえ正しく行えば、言葉の壁を超えて集客することは十分に可能です。
本記事では、インバウンド需要を確実に取り込むための、Googleマップ(MEO)における多言語対策と戦略を徹底解説します。
第1章:Googleマップの多言語対応メカニズム
具体的な対策に入る前に、外国人観光客が検索した際、あなたの店がどのように表示されるのか、その仕組みを理解しておく必要があります。
1. スマホの「言語設定」が検索結果を変える
Googleマップの検索結果は、ユーザーの端末(ブラウザ)の言語設定に依存します。
- アメリカ人のスマホ(設定:英語)で「Ramen」と検索
- 台湾人のスマホ(設定:繁体字)で「拉麵」と検索
この時、Googleは可能な限りユーザーの言語に合わせて情報を表示しようとします。
しかし、もしあなたの店の情報が「日本語だけ」で登録されていたらどうなるでしょうか?
Google翻訳が自動で翻訳してくれる場合もありますが、不自然な翻訳になったり、そもそも「英語での検索キーワードにヒットしない」という事態が発生します。
2. 「Googleマップに任せる翻訳」と「自力でやる翻訳」
Googleビジネスプロフィール(GBP)には、自動翻訳される箇所と、されない(されにくい)箇所があります。
| 項目 | 翻訳の挙動と対策 |
|---|---|
| カテゴリ | 完全自動翻訳 「居酒屋」を選んでおけば、英語圏では「Izakaya Restaurant」、フランスでは「Bistrot de style japonais」等と自動表示されます。対策不要。 |
| 店名 | 一部自動(注意が必要) Googleマップ上で「英語の店名」を追加登録することが可能です。これをしないと、ローマ字読みすら分からずスルーされます。 |
| 説明文 | 自動翻訳機能あり ユーザー側のボタン一つで翻訳されますが、重要なキーワード(Tax-free, Vegetarian等)は英語で併記しておくのがベストです。 |
| 口コミ | 自動翻訳機能あり Googleが最も力を入れている翻訳機能です。日本語の口コミも英語で読めますが、「原文が英語の口コミ」の方が信頼性は高まります。 |
3. Googleマップで「英語名」を追加登録する方法
意外と知られていませんが、Googleマップのアプリ(ユーザー側)から「情報の修正を提案」機能を使うことで、英語名を正式に追加できます。
(※GBP管理画面から直接多言語名を編集する機能は、現在制限されている場合が多いです)
- Googleマップ言語設定を「英語」にしたスマホを用意する(または知人の外国人に頼む)。
- あなたの店を表示し、「Edit name(名前の編集)」を選択。
- 英語表記の店名を入力して送信。
これが承認されると、英語環境のユーザーには自動的に英語の店名が表示されるようになり、認知率が格段に上がります。
第2章:外国人が検索する「キーワード」の傾向
彼らは日本の地名や店名を詳しく知りません。
そのため、日本人とは全く異なる検索行動(クエリ)をとります。
1. 「Near me(近くの)」需要の爆発
インバウンド検索の最大の特徴は、「Near me(ここから近くの)」というワードが頻繁に使われることです。
- “Sushi near me”(近くの寿司屋)
- “Currency exchange near me”(近くの両替所)
- “Bar near me open now”(今開いている近くのバー)
これは、彼らが土地勘のない場所にいるため、「場所を指定する(渋谷、浅草など)」よりも「現在地周辺」を探す傾向が強いためです。
この対策として最も有効なのは、MEOの基礎である「正確な位置情報」と「営業時間」、そして次章で解説する「カテゴリ設定」です。
2. 「Best」と「Authentic」へのこだわり
せっかく日本に来たのだから、失敗したくない。本物を食べたい。
その心理から、以下のような形容詞をつけて検索されます。
- Best: “Best Okonomiyaki in Osaka”(大阪で一番のお好み焼き)
- Authentic: “Authentic Japanese food”(本物の和食 ※観光客向けすぎない店)
- Famous: “Famous Cheesecake”(有名なチーズケーキ)
これらの検索にヒットさせるには、説明文や投稿(Posts)、そして何より「ユーザーレビュー」の中にこれらの単語が含まれていることが重要です。
3. 具体的ニーズと「機能」の検索
単純な「レストラン」探しだけでなく、彼らが抱える「困りごと」や「条件」も検索ワードになります。
必須対応ワードの例:
- English menu(英語メニュー)
- Tax free(免税)
- Vegetarian / Vegan(ベジタリアン・ヴィーガン)
- Halal(ハラル)
- Free Wi-Fi(無料Wi-Fi)
- Friendly(フレンドリー ※外国人歓迎の雰囲気)
もしあなたの店がこれらに対応しているなら、Googleビジネスプロフィールの「投稿」機能や「説明文」の中に、英語で(例:We have an English menu.)明記しておく必要があります。
Googleの検索エンジンはこれを読み取り、「English menu」と検索したユーザーに対してあなたの店をリコメンドします。

第3章:言葉の壁を破壊する「視覚的MEO」
日本語が読めない観光客にとって、文字情報はストレスそのものです。
彼らが検索結果一覧の中で、あなたの店をクリックするかどうか。その判断は、ほぼ100%「写真(サムネイル)」で決まります。
1. メニュー写真には「英語名」と「番号」を
Googleビジネスプロフィールに登録するメニュー写真は、ただ綺麗であれば良いわけではありません。
インバウンド対策における正解は、「指差し注文ができる写真」です。
- テキスト合成:写真の中に英語メニュー名(例:Wagyu Beef Steak)を文字入れする。
- 番号を振る:「No.1」「A-set」など、言語不要で注文できる記号を入れておく。
- 価格の明示:「¥1,500」と大きく記載。観光地価格でぼったくられるのではないか、という不安を払拭します。
これらの加工をした写真を「メニュー」カテゴリではなく、あえて閲覧数の多い「店内」や「料理」カテゴリにも投稿することで、彼らの目に留まる確率を上げます。
2. 外観写真が命。「迷わせない」ためのビジュアル戦略
日本の住所表記は複雑で、外国人にとってGoogleマップのナビ通りに歩くのは至難の業です。
「近くまで来たけど店が見つからないから、隣の目立つ店に入った」という機会損失は頻繁に起きています。
これを防ぐために、以下の写真を必ず登録してください。
- 遠景からの外観:ビルの全体像や、目印となる看板を含めた写真。
- 入り口のアップ:「OPEN」の看板や、暖簾(のれん)がかかっている様子。
- 夜間の外観:夜営業の場合、昼と夜では景色が一変します。ライトアップされた状態の写真も必須です。
3. 動画で伝える「入りやすさ(Welcome感)」
「この店に入って、怒られないだろうか?」「常連ばかりで気まずくないか?」
こうした心理的ハードルを下げるのに、30秒程度の動画が絶大な効果を発揮します。
スタッフが笑顔で「Hello! Welcome!」と手を振っている動画や、外国人が楽しそうに食事をしている様子をスマホで撮影し、GBPにアップロードしましょう。
言葉よりも雄弁に「外国人歓迎(Friendly)」であることを伝えられます。
第4章:最強の集客ツール「多言語レビュー」の獲得
日本人の「美味しい」という口コミも重要ですが、外国人観光客が最も信頼するのは、やはり「同国人の口コミ」です。
「観光客でも親切にしてもらえた」「英語メニューがあった」という体験談は、彼らにとって最強の安心材料になります。
1. 英語・中国語・韓国語でのレビューを増やす
来店した外国人客が満足して帰る際、ただ「Thank you」と言うだけでなく、一歩踏み込んでレビューをお願いしましょう。
具体的な依頼トーク(カードにして渡すのが効果的):
“Could you please leave a review on Google Maps in your language? It helps other travelers find us!”
(Googleマップに、あなたの国の言葉でレビューを書いてくれませんか?他の旅行者の助けになります!)
「英語で書いて」ではなく「母国語で書いて」と頼むのがポイントです。
多様な言語のレビューが集まること自体が、Googleのアルゴリズムに対して「この店は国際的な人気店である」という強力なシグナルとなります。
2. 翻訳ツールを活用した返信コミュニケーション
外国語のレビューが入った時、「日本語で返信」していませんか?
もちろん日本語でも構いませんが、DeepLやChatGPTなどの翻訳ツールを使って「相手の言語(または英語)」で返信するのがベストです。
返信例(英語レビューに対して):
“Thank you for visiting from [国名]! We are glad you enjoyed our Sushi. We look forward to seeing you again on your next trip to Japan!”
このように返信することで、そのレビューを見ている他の外国人に対し、「この店主は英語でコミュニケーションしようとしてくれる人だ(=安心)」という印象を与えます。
3. レビュー内のキーワードがSEOを加速させる
第2章で触れた検索キーワード(Tax free, Vegetarianなど)は、店側が発信するよりも、ユーザーの口コミに含まれている方が、検索順位への影響力が強い傾向があります。
もしベジタリアン対応を売りにするなら、会計時に「ベジタリアンメニューはどうでしたか?」と聞き、「最高だったよ」と言われたら、「ぜひそのことをレビューに書いてください」とお願いしましょう。
“Great vegetarian options!” というレビューが1件増えるだけで、”Vegetarian restaurant” での検索順位は確実に上がります。
第5章:「属性(Attributes)」設定で見つけてもらう
ユーザーが店を探す際、キーワード入力の次に使うのが「フィルタリング機能」です。
ここで条件に合致しない(設定されていない)店は、検索結果から無慈悲に消え去ります。
1. 絶対に外せない「基本属性」
GBPの管理画面にある「属性」タブから、該当する項目はすべてチェックを入れてください。
特にインバウンド客がフィルタリングするのは以下の項目です。
- ✅ クレジットカード(Credit cards): キャッシュレス派が多いため必須。
- ✅ Wi-Fi(Wi-Fi): Free Wi-Fiがあるかないかは死活問題です。
- ✅ 予約(Reservations): 「予約必須」なのか「予約不要」なのか。
- ✅ バリアフリー(Wheelchair accessible): 欧米圏では非常に重視されます。
2. 食の多様性への対応(Food Restrictions)
日本では「好き嫌い」の範疇でも、彼らにとっては宗教や信条に関わる重要な問題です。
以下の項目に対応している場合は、必ず設定しましょう。
- ベジタリアン対応(Vegetarian options)
- ヴィーガン対応(Vegan options)
- ハラル(Halal)
- グルテンフリー(Gluten-free)
これらを設定しておくだけで、競合店がひしめくエリアでも、フィルタリングされた瞬間に「選ばれる一店舗」になる可能性が高まります。

第6章:Googleマップだけではない。Apple MapsとYelpの重要性
日本国内ではGoogleマップが圧倒的シェアを誇りますが、インバウンド市場、特に北米・オーストラリア・ヨーロッパからの観光客をターゲットにする場合、Googleマップ一本足打法では不十分な場合があります。
1. 欧米圏iPhoneユーザーの「Apple Maps」利用率
アメリカでのiPhoneシェアは約50%以上。彼らの多くは、プリインストールされている「Apple Maps(純正マップ)」をそのまま使用します。
もし、Googleマップだけ完璧に対策していても、Apple Mapsで検索した時に「No Results(結果なし)」や「情報が古い」状態では、その巨大な市場を逃してしまいます。
GoogleビジネスプロフィールのApple版である「Apple Business Connect」に登録しましょう(無料)。
ここから、写真、営業時間、アクションボタン(予約など)を公式に設定できます。Googleの情報が自動転載されることもありますが、公式登録することで情報の反映速度と正確性が段違いになります。
2. YelpとTripAdvisorは「マップの裏側」にある
日本では「食べログ」が強いですが、世界標準の口コミサイトといえば「TripAdvisor」と「Yelp(イェルプ)」です。
特にYelpはアメリカで絶大な信頼を得ています。実は、Apple Mapsなどの地図アプリは、店舗の評価や写真データをこれらのサイトから引用しているケースが多々あります。
つまり、「TripAdvisorやYelpの情報を充実させること = Apple Mapsでの見栄えが良くなる」という連動性があるのです。
「Googleマップ」「Apple Maps」「TripAdvisor」。この3大プラットフォームを押さえれば、全世界からの観光客を網羅できます。
第7章:業種別インバウンド対策ケーススタディ
最後に、実際に多言語対策を行ってインバウンド集客に成功しているモデルケースを紹介します。
CASE 1:食券制のラーメン店
【課題】
「入りたいけど、食券機の買い方が分からなくて帰ってしまう外国人」が多発。
【対策】
1. 食券機に番号を振る: ボタンに①、②と番号シールを貼る。
2. Googleマップにメニュー表をアップ: 写真加工で「No.1 Spicy Ramen」「No.2 Miso Ramen」と英語名と番号を記載した画像を投稿。
3. 店頭にQRコード: 「Check Menu on Google Maps」と掲示。
【結果】
スマホで写真を見ながら「Number 1, please」と指差し注文が可能になり、入店ハードルが消滅。連日行列ができる店に。
CASE 2:伝統工芸品・雑貨店
【課題】
商品の良さは伝わるが、高額なため購入に至らない。
【対策】
1. 「免税(Tax-free)」を全面アピール: 店名に「【Tax-free】Shop Name」と追記し、トップ写真にもTax-freeのロゴを入れる。
2. ストーリーを英語で発信: 「100年使える」「職人の手作り」という価値を、翻訳ツールを使ってGBPの「投稿機能」で毎週発信。
【結果】
「Japan Souvenir Tax free」などの検索でヒットするようになり、本物志向の欧米客が急増。
CASE 3:着物レンタル・体験アクティビティ
【課題】
予約の電話対応が英語でできず、機会損失している。
【対策】
1. 「Googleで予約」機能の実装: Googleマップ上のボタンから、外部の多言語予約サイト(klookやTableCheckなど)へ直接リンクさせる。
2. Q&A機能の充実: 「当日予約はできますか?」「大きいサイズはありますか?」といったよくある質問を、GBPの「Q&A」セクションに英語で自作自演で投稿しておく。
【結果】
電話対応の手間がゼロになり、深夜(相手国の昼間)に予約が自動で埋まるようになった。
終章:「Omotenashi(おもてなし)」をデジタルで表現する
ここまで、テクニカルな設定やキーワード戦略について解説してきました。
しかし、本質的に最も大切なことは、画面の向こうにいる「異国の地で不安を抱えている旅行者」への思いやりです。
わざわざあなたの店を見つけてくれた彼らに対して、
「迷わず来てね(正確なマップ情報)」
「言葉が分からなくても大丈夫だよ(写真と翻訳)」
「歓迎するよ(Welcomeの姿勢)」
と伝えること。
これこそが、現代における最初の「おもてなし(Omotenashi)」ではないでしょうか。
Googleマップ(MEO)は、デジタルの「暖簾(のれん)」です。
この暖簾を世界に向けて大きく広げ、素晴らしい日本の体験を、一人でも多くの海外ゲストに届けてあげてください。