動画編集の「著作権譲渡」と「使用許諾」の違い|トラブルを未然に防ぐ契約の知識
動画編集の案件において、クライアントとクリエイターの間で最もトラブルになりやすいのが「著作権」の問題です。「納品したら終わり」と考えていませんか?実は、契約書に書かれた「譲渡」と「許諾」のたった数文字の違いが、将来的に数百万円の損害や、ポートフォリオ掲載不可といった致命的な問題を引き起こす可能性があります。本記事では、動画編集における著作権の全貌を、法律用語を噛み砕きながら徹底解説します。
目次
1. なぜ今、動画編集の「著作権契約」が重要なのか
YouTube市場の成熟、TikTokやInstagram Reelsなどのショート動画の普及、さらには企業のWeb広告動画の一般化に伴い、動画編集者の需要は右肩上がりです。しかし、それに比例して「納品後のトラブル」が急増しています。
クラウドソーシングサイトやSNS経由での個人間取引(DMでの発注)では、契約書を交わさない、あるいはテンプレートを内容も理解せずにそのまま使用するケースが後を絶ちません。これにより、以下のような深刻な事態が発生しています。
- 編集者が自分のポートフォリオ(実績)として公開したら、クライアントから削除請求された。
- クライアントが納品データを勝手に改変し、編集者の意図しない低品質な動画が公開され、編集者の評判が下がった。
- 納品後の動画に使用されたBGMやフォントが商用利用不可であり、クライアントが権利侵害で訴えられた際、編集者に賠償責任が回ってきた。
- 「著作権譲渡」したはずなのに、編集者が同じプロジェクトファイルを別の案件で使い回してしまった。
これらのトラブルの根源はすべて、「誰が、どのような権利を持っているか」の認識のズレにあります。プロの動画編集者として、また発注側の責任ある企業として、著作権の基礎知識はもはや「知らなかった」では済まされない必須スキルなのです。
2. 動画編集における「著作権」の正体
「動画の著作権」と一口に言いますが、実は動画は「著作物の集合体」です。これを理解していないと、契約の対象範囲を見誤ります。
動画を構成する4つの権利レイヤー
1本の動画完成品には、主に以下の権利が複雑に絡み合っています。
| 要素 | 権利の内容 | 権利の所在(通常) |
|---|---|---|
| 1. 撮影素材 | カメラで撮影された映像そのもの。 | 撮影者(カメラマン)または発注者(撮影を指示した場合)。 |
| 2. 編集著作物 | カット割り、テロップ配置、エフェクト、色調補正など、編集者の創作的寄与によって生まれた表現。 | 動画編集者(ここが今回の主役)。 |
| 3. 第三者素材 | BGM、効果音、イラスト、写真素材、フォントなど。 | 各素材のクリエイターや販売会社(PIXTA, Adobe Stock, Artlist等)。※これらは通常「譲渡」できません。 |
| 4. 実演 | 動画に出演している演者の権利(肖像権・パブリシティ権を含む)。 | 出演者(モデル、YouTuber本人)。 |
重要ポイント:
契約で「全ての著作権を譲渡する」と書いたとしても、編集者は「第三者素材(BGMやフォント)」の著作権まで譲渡することは法的に不可能です。ここが最大のトラブルポイントになります。
3. 決定的な違い:「著作権譲渡」vs「使用許諾」
動画編集の契約において、成果物の扱いは大きく分けて2つのパターンしかありません。それが「著作権譲渡(Buyout)」と「使用許諾(License)」です。これを不動産に例えると非常に分かりやすくなります。
不動産で例える「譲渡」と「許諾」
- 著作権譲渡 = 家の売買
家(動画)の所有権そのものを相手に渡すこと。売った後は、元の持ち主(編集者)であっても、勝手にその家に入ったり、リフォームしたり、看板を出したりすることはできません。 - 使用許諾 = 家の賃貸
家(動画)のオーナーは編集者のまま。クライアントに対して「住んでもいいですよ(YouTubeで公開していいですよ)」と貸し出す契約。オーナー権限は残るため、契約終了後に返してもらったり、条件付きで他の人に貸したりすることも可能です。
比較表:メリットとデメリット
| 項目 | 著作権譲渡 (Transfer) | 使用許諾 (License) |
|---|---|---|
| 権利の持ち主 | クライアント(発注者) | 動画編集者(受注者) |
| 二次利用 | クライアントが自由に可能(テレビ、Web、広告など) | 契約で定めた範囲のみ(範囲外は追加料金) |
| 改変(リメイク) | クライアントが自由に編集・加工可能 | 原則不可(編集者の許可が必要) |
| 編集者の実績公開 | 原則不可(著作者人格権の不行使特約がある場合が多い) | 可能(契約内容による) |
| 報酬相場 | 高額になるべき(将来の利益も手放すため) | 比較的安価(利用範囲が限定されるため) |
| 向いている案件 | 企業のWebCM、買取型のYouTube編集代行 | 結婚式ムービー、イベント映像、クリエイター性の高いMV |
4. 「著作権譲渡」の深層|特掲条項(27条・28条)の罠
クライアントから「著作権は弊社に帰属します」という契約書を渡されたとき、絶対に確認しなければならない条文があります。それが日本の著作権法における第27条と第28条です。
「全ての著作権を譲渡する」だけでは不十分?
日本の法律では、契約書に単に「著作権をすべて譲渡する」と書いただけでは、以下の2つの権利は編集者の手元に残ったままになると推定されます。
- 第27条(翻訳権・翻案権):動画を元に別の作品を作る権利(例:動画のダイジェスト版を作る、別言語の字幕を入れる、フォーマットを変える)。
- 第28条(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利):リメイクされた作品が使われる際に、元の制作者も権利を主張できる権利。
クライアント側が完全に権利を買い取りたい場合、契約書には必ず以下のような文言が必要です。
逆に、編集者側からすれば、この文言がある場合は「完全に手離れする(今後一切口出しできない)」ことと同義であり、その分、制作費に「著作権譲渡料」を上乗せして請求するのがビジネスとしての正当な対価となります。
5. 「使用許諾(ライセンス)」の深層|範囲と制限
著作権を譲渡せず、「使用許諾」とする場合、契約書で「どこまで使っていいか」を細かく決める必要があります。ここが曖昧だと、後で「そんな使い方は許可していない」というトラブルになります。
決めるべき5つの要素
- 使用目的・媒体:
例:「自社YouTubeチャンネルでの公開に限る」「Webサイトへの埋め込みも可」「テレビCMは不可」など。 - 期間:
例:「1年間」「無期限(永続的)」。 - 地域:
例:「日本国内のみ」「全世界(インターネット公開なら実質全世界)」。 - 独占か非独占か:
独占的許諾の場合、編集者は他のクライアントに同じ映像を提供できなくなります。 - 再許諾(サブライセンス):
クライアントが、さらに別の第三者へ動画を使わせることを認めるかどうか。
YouTubeの編集代行などでは、「使用許諾」よりも「譲渡」の方が一般的ですが、クリエイティブ性の高いミュージックビデオ(MV)や、特定の作家性が売りドキュメンタリー映像などの場合は、編集者が権利を持ち続け、クライアントに「1年間、YouTubeでの公開を許諾する」といった契約を結ぶことも多々あります。
6. 絶対に譲渡できない権利:「著作者人格権」
著作権(財産権)は譲渡できますが、どんな契約を結んでも絶対に譲渡できない権利があります。それが「著作者人格権」です。これは「クリエイターの心を守る権利」とも言えます。
著作者人格権の3本柱
| 公表権 | 未公表の作品をいつ、どのように公表するか決める権利。 |
|---|---|
| 氏名表示権 | 作品に自分の名前(クレジット)を表示するかどうか、実名かペンネームかを決める権利。 |
| 同一性保持権 | 作品の内容やタイトルを、意に反して勝手に改変されない権利。 (例:感動的な動画を、勝手に面白いBGMに変えられてコメディにされた場合などにNOと言える権利) |
「著作者人格権の不行使特約」とは?
クライアントにとって、この著作者人格権は非常に厄介です。動画を少し短くしたり、テロップを修正したりするたびに編集者の許可が必要になるからです。
そこで、日本の商慣習では、契約書に以下の条項を入れることが一般的です。
編集者としてこの条項にサインするということは、「名前を出してもらえなくても文句は言いません」「勝手に編集を変えられても文句は言いません」と約束することを意味します。ここを理解してサインするかどうかが、プロとしての分かれ道です。
7. 第三者素材(BGM・フォント・Stock素材)の落とし穴
動画編集において最も法的リスクが高いのがここです。編集者が契約で「全ての権利を譲渡する」としても、編集者が使用した有料BGMやフォントの権利は、BGMサイトやフォントメーカーにあります。
プロジェクトファイル(.prprojなど)納品のリスク
クライアントから「編集データ(プロジェクトファイル)も納品してください」と言われた場合、最大限の注意が必要です。
[1] 有料フォントの問題
あなたが契約しているAdobe Fontsやモリサワフォントを使用したテロップを含むプロジェクトファイルを渡しても、クライアントのPCに同じフォントが入っていなければ表示されません。また、フォントファイル自体をコピーして渡す行為は、フォントメーカーのライセンス違反(違法コピー)となり、訴訟対象となります。
対策:テロップをアウトライン化(画像化)するか、クライアント側でも同じフォントを購入してもらう必要があります。
[2] Stock素材(画像・動画・BGM)の問題
例えば、あなたが「Artlist」や「Envato Elements」などのサブスクリプションで入手したBGMや素材を使用している場合、そのライセンスは「あなた(契約者)」に対して付与されています。
プロジェクトファイルを渡して、クライアントがその素材を別の動画に流用した場合、クライアントは無許諾利用(ライセンス違反)となるケースが多いです。
実務での対策:
プロジェクト納品が前提の場合は、以下のいずれかの対応が必要です。
A. クライアント自身に素材サイトと契約してもらい、素材を支給してもらう。
B. 譲渡可能な「買い切り型」の素材のみを使用する。
C. 契約書に「第三者素材の権利処理は完了しているが、素材自体の権利は各権利者に帰属する」と明記し、素材単体の流用禁止を伝える。
8. 契約書に盛り込むべき具体的な条文例
ここでは、編集者(受託者)の立場から、トラブルを防ぐために契約書や発注書に入れておきたい条文のパターンを紹介します。
パターンA:著作権を譲渡する場合(買取)
1. 本件成果物に関する著作権(著作権法第27条および第28条の権利を含む)は、検収完了と同時に乙(編集者)から甲(クライアント)へ移転するものとする。
2. 前項の規定にかかわらず、本件成果物に含まれる第三者の著作物(BGM、フォント、ストック素材等)の著作権は、当該第三者に留保されるものとする。
3. 乙は、甲に対し、本件成果物にかかる著作者人格権を行使しないものとする。ただし、甲が本件成果物を著しく改変し、乙の名誉・声望を毀損するような利用を行う場合はこの限りではない。
パターンB:実績公開を確保したい場合
甲は、乙が自身の制作実績として、本件成果物を自身のWebサイト、ポートフォリオ、SNS等において公開することを許諾する。ただし、乙は公開にあたり、甲の秘密情報や未公開情報が含まれないよう配慮するものとする。
9. よくあるトラブル事例と解決策
事例1:修正地獄と追加請求
状況:「著作権譲渡」契約だったが、納品後に「やっぱりここを変えて」と何度も連絡が来る。
原因:「検収(納品完了)」の定義が曖昧だったため。
解決策:契約書に「検収完了後の修正は、別途費用を申し受ける」と明記する。また、「初稿提出から〇日以内に修正指示がない場合は検収完了とみなす」という「みなし検収」条項を入れる。
事例2:AI音声・AI画像の著作権
状況:「VOICEVOX」などのAI音声合成ソフトを使ってナレーションを入れた動画を納品。クライアントが「商用利用不可のキャラクターだった」と知らずに広告に使用しトラブルに。
解決策:生成AIツールや素材の利用規約は頻繁に変更されます。使用するAIツールの利用規約URLをクライアントに共有し、リスクの所在(どちらが責任を持つか)を明確にしておくことが重要です。
事例3:プロジェクトファイルの使い回し
状況:過去にA社向けに作った凝ったアニメーションのプロジェクトファイルを、B社の案件でそのまま使い回した。A社から「それはウチが買い取った独自のデザインだ」とクレーム。
解決策:「汎用的なデザインパーツ」や「テンプレート」は著作権譲渡の対象外とし、編集者が保有し続ける旨を契約に盛り込む。「成果物のうち、乙が従前から保有していたノウハウ、汎用的なプログラム、デザインパーツ等の権利は乙に留保される」という条文が有効です。
10. 結論:クライアントとWin-Winの関係を築くために
動画編集における「著作権譲渡」と「使用許諾」の違いは、単なる法律論ではなく、「お互いのビジネスをどう守るか」という信頼の設計図です。
クライアントは「自由に使いたいから譲渡してほしい」と言い、編集者は「安く買い叩かれたくない、実績にしたい」と思います。この利害調整を行うのが契約書です。
プロの動画編集者としてステップアップするためには、以下の3つを徹底してください。
- 着手前に「権利の所在」を明確にする。(譲渡か許諾か)
- 素材(BGM・フォント)のライセンス規約を熟読する。
- ポートフォリオへの掲載可否を必ず確認する。
契約知識は、あなたのクリエイティブを守る「盾」であり、単価交渉を有利に進める「武器」にもなります。曖昧な口約束を卒業し、クリアな契約で健全な動画制作ライフを送りましょう。